500Hit記念投稿作品

「篁綾の華麗なる野望」

By.モロヘイヤ


1.

「おぉーっほほほほほほほほほぉーっ!」

 イワサキのオフィスの一室で、我らが篁綾女史は通販カタログを片手にマリー・アントワネットも裸足で逃げ出しそうなタカビー笑いを上げていた。

「これよっ! これであの陰険根暗黒メガネをギャフンと言わせるのよーっ!」

 耳栓を深く詰め込んだ部下Aは海よりも深いため息をつく。

「それはおめでとうございます。それで、具体的にどのようなモノをお見付けなさったのでしょうか?」

 部下Bがさもぞんざいに問い掛ける。あっちの世界まで行ってしまった人物を連れ戻すには骨が折れるのだ。

 女史は嫁入り前なのに、だらしないムフフ顔で、

「モテモテ薬よ」

 その一言で亀裂が生じた。部下二人は今すぐ、懐に忍ばせていた辞表をたたきつけ、真っ先にイワサキビルから飛び出ていきたい衝動に駆られる。少なくとも、心はすでに飛び出していた。

「モテモテ薬、ああ、なんていい響きなの。これぞまさしく、ワタシのために作り出されたというべき作品だわ」

 そんな部下の葛藤を、彼女は遠くの彼方にほっぽったまま話を続ける。

「これで世のN◎VAファンを虜にし、ファン投票でヤツにトリプルスコアをつけてトップに君臨するのよ。そうすれば、某会社は自ら犯した過ちを悟り、ワタシはめでたくアルカナに返り咲けるわ」

「……そう上手くいきますか?」

「うまくいくに決まってるじゃない」

 部下Bの素朴な質問に、絶対の自信で答える。

「第一、コンベンション会場に来るユーザーの82.9%は女性ユーザーを追い掛け回すような飢えたストーカーよ。そんな自分の行動すら律せない輩を手玉に取るなんてワタシにとって朝飯前なの。まあ、こんな薬を使わなくてもいいんだけど、念には念を入れ、計画を完璧にするに越したことはないわ」

「…………さらっとヤバいこと口走っていませんか?」

「そう? 気のせいよ」

 気にするそぶりもなく、通販カタログに頬擦りし始める。

「さぁ、ワタシの更なる人気のため、早速コレを注文するわよ」

 その時だった。

「お届けにあがりました」

 ぼうふらが沸いて出たかのごとく、篁綾女史の前に白衣メガネが現れた。これにはインド人もビックリである。

「し、シオーン!? どうやってココに!?」

 ミラーシェイドをパチクリさせる女史に対し、

「ウチが作ったから」

 と、『どうやって』を『どうして』にさりげなくスリ替えて、手にしていたクスリ瓶を差し出す。それにしても、どうして篁綾女史が注文しようとしたのを知ったのか、謎。

「まぁいいわ、細かい話はよしましょ」

 気を取り直し、シオーンからモテモテ薬を受け取ると、腰に手を当て、一気にあおる。喉をゴキュゴキュ動かして飲むその様は、まさしくオヤジだ。

「あ、そうそう」

 最後の一滴まで飲み干すのを横目に確認しながら、シオーンがのたまった。

「ソレ、副作用で24時間以内に死ぬから」

 ピタッ!

 篁綾女史の動きがぴたりと止まる。かと思うと顔色が青く染まっていく。手からこぼれたクスリ瓶が床に落ち、ころころと足元に転がった。

「いやあァッ!!」

 全身を使ってイヤンイヤンし始める。涙はまるで噴水。ミラーシェイドなサイバーアイなのに、なんとも器用である。

「これからワタシの輝かしい未来が待っているのにぃぃっ!! こんなところで死にたくないィィィッ!!!」

 涙目で年増白衣に詰め寄る。

「アンタッ! 中和剤ぐらい用意してあるんでしょう!? ソレをよこしなさい!」

「イヤ」

 その口元には悪魔のような笑みがへばりついていたのは言うまでもない。

「アナタ、ワタシとキャラ被っているんだもの」

 シオーンの足の裏からジェット噴射。ゴゴゴゴと噴煙を上げ、上空へと舞い上がった。

「マサキのォォッ、技術力はァァァっ、世界一ィィィィィッ!」

「あほーっ!!」

 すばやく空のクスリ瓶をつかむと、飛び去るシオーンめがけて投げつける。



 ぱこーん


 後頭部あたりから響きのいい音を立て、シオーンはふらふらと風に揺られて日本国境へと流れていく。

「世界一ィィィィィッ!」

 その声もサイレンとミサイルの爆発にかき消された。



2.

「あ、悪夢だわ……」

 部下たちに宥められ、やっと平静を取り戻した篁綾女史は、顔面蒼白。

「理知的かつプローポーション抜群、コネで1番使えると(ごく狭い範囲で)評判のこのワタシが、あと1日たたないうちに、この世からいなくなってしまうなんて。あぁ、なんて運命は残酷なの」

 悲劇のヒロインよろしく、憂いの表情を浮かべて窓に視線を落とす。常春だというのに、紅葉が過ぎた針葉樹林の間を木枯らしが通り過ぎた。

 もとい、まだパニクっているようだ。

「なのに…………」

 彼女のミラーシェイドが妖しく発光する。

「なのに、あの男は悠々と人気者ヅラして生きていくんだわ」

「そして、ワタシみたいに死の淵に追いやられても、人気を盾に”実は死んでいなかった”とか言いだすのよ」

「そして、ファンに媚びを売るあの会社のこと、結局それを許してしまうんだわ」

「そうよ、きっとそうに違いない」

 『ニューロデッキの絵柄を取られた』という精神的外傷のためか、後ろ向きな妄想は留まることを知らない。っていうか、それだけで、そこまでメルトダウンを怨めるのは、ある意味、立派である。

「……許せない」

 瞳の奥に暗い炎が灯った。

「毒くわらば皿まで、死なば諸共よ!」

 こうして陰険根暗メガネ退治に出かけた篁綾女史は、いきなりつまずいた。


 アドレスを知らないのである。


「なんで誰もコネ取ってないのよ!」

 腹いせに部下Bの首を締め上げる。

「いや、私はセカンド準拠なので」

「セカンドもヘチマもないッ! 今すぐあの陰険メガネのコネを取りなさい!」

 それはルール違反である。

「自分で取ればいいじゃないですか」

「イヤッ、経験点が減るじゃない!」

 キーッ! と、ヒステリックに叫びだす。

「出番がないから余計な経験点なんてないのよ! ナンで皆、私をコネで取らないの!? 情報用だったら、ワタシだって使えるのよ? パンツの柄だって言い当てられるのにィ!!」

 それが不評の一因であるに違いない。

 そこへ

「やぁ子猫ちゃん、どうしたんだい?」

 純白のきらびやかな(ブラックハウンドの)制服をまとい、白馬(ブラックハウンド仕様)に跨った藤崎竜二がさわやかに現れた。

「困ったことがあるならボクに言ってごらん。何でも叶えてあげる」

 優雅なオーバーアクションで手をさしのべる。よく分からない理由で、歯も光った。

「なぜなら、ボクは王子様だから」

 篁綾女史の眉がピクゥッ! とつりあがる。

「……天罰」

 マイクロウェーブ一閃。藤崎竜二王子様風は消し炭となった。

「私より後に出たのに、目立ちまくった報いよ」

 冷やかに見下すと、何かを思いついたのか、屍骸をゴソゴソと漁りだす。やがて、お目当てのものが見つかったのか、にんまりと笑みを浮かべながら、懐から何かを奪い取った。ポケットロンである。

「これで、あの男の居場所が分かるわ。いいもの拾っちゃった」

 早速、メルトダウンのアドレスをチェック。ここで、ポケットロンがなぜ動作するのか? という検索はしないでほしい。彼女はハイランダ−である。

「ええと…………コッチね」

 るんるん気分でスキップしながら、憎き敵の元へと向かう。それはいいが、自分の歳を考えて行動してもらいたいモノだ。

 果たしてメルトダウンは……


 いた。

 ヤオロズマーケットの前、「本日特売 椎茸ひと山85円」の旗の下、買いカゴ片手に行列にならぶ陰険黒メガネ。

「あ、あ、あ……」

 アングリと口を開けたまま固まる女史。周りの主婦が何事かと眉をひそめる。

「ナニやっているのよ、アンタ!」

 女史の絶叫に、ようやっと気付いたメガネが振り向く。少なくとも、巨大企業の社長が昼日中に行う行動ではない。だが彼は、サングラスをクイッとあげ、

「仕事ですから」

 そのクールな仕草に、「そーですか、千早の社長さんはスーパーの特売に並んで買い物するのが仕事なんですか」というツッコミさえも忘れてしまう。

(うう、そうやって庶民派を気取り、人気を独占しようとするのね)

 『ニューロデッキの絵柄を取られた』という精神的外傷以下略。

(ハラの立つやつ……ええい、負けられないわ!)

 ゴゴゴ、と燃える炎をしょって立つ女史。

「ここで会ったが100年目、どちらがエグゼグとして上なのか、いざ尋常に勝負!」

 ここでハタと気が付いた。どうやって、この男を亡き者にするか、を。

 本来、篁綾女史は軌道上で「おぉーっほほほほほほほほほぉーっ!」と演じるキャラであり、その他の技能は皆無。タイマンのどつきあいなど論外である。

 対し、黒メガネことメルトダウンは社会戦も肉体戦もお手のもの、精神戦だってそのブ厚い面の皮で何のその、という反則ぎみなヤツであり、何より、女史にはない「人気」という強力な武器がある。

 対峙すればどうなるか? 結果は火を見るより明らかだ。

「きょ、」

 冷や汗をたらし、徐々に後じさりながらも虚勢を張る。

「今日のところは引き分けにしてあげるわ。か、感謝しなさい」

 そのまま、そそくさと撤退しようとしたとき、女史に変化が起こった。

(ナニ? 全身に力が入らない。それに、この喉が熱くなるような息苦しさ。ああ、もうすぐ天に召されるのね、ワタシ)

 よよよと倒れてしまいそうな五体を意地と見栄で踏ん張る。

(でも、まだダメ。せめて、あの男に……)

「そこの陰険メガネ!」

 最後の力を振り絞り、びしぃ! と指を突きつける。

「ギャフンて言いなさいぃ!」

「何故でしょうか?」

 至極当然な質問に、胸を張って応じた。

「仕事だからよ!」

「ギャフン」

 感情もへったくれもない。台本棒読みなセリフ回しである。もしこの場に月影先生がいたのなら、顔に縦線を入れ膝から崩れ落ち、紫のバラの人も絶望に打ちひしがれ百年の恋も覚めたであろう。

 だが、

「やった……ついにやったわ…………」

 滂沱の涙を垂れ流し、喜びに全身を打ち振るわせる。

「ああ、これで思い残すことはないわ。スズメさん、幸せをありがとう。ワタシは天国に旅立ちます」

 スズメの迷惑そうな視線を浴びながら、ゆっくりとヒロイン調に崩れ落ちる。その顔は、つき物が落ちたような、やわらかい微笑を浮かべていたという。

 ”暗き星”篁綾。

 メルトダウンの陰に隠れた彼女の一生は、こうして幕を閉じた。



3.

「オラオラ、誰だ!? こんなトコで死んでる奴ァ」

 ドカドカと大股で近づいてくる悪漢。”赤の臥龍”弾王その人である。

「ッたくっ、通行人の邪魔じゃネェか。もうちょっと場所を考えて、おっ死ねってんだ」

 フンッ! と気合い1発。途端、永久の眠りについたはずの女史がビクッと身を震わせ、ガバッと跳ね起きる。

「あれ?」

 キョロキョロとあたりを見回し、状況を確認する。

 腫れ物に触るような白い視線、同情する様な哀れみを投げかける視線、病院に通報するパートのおばちゃん。クラッカーをならし、祝杯をあげる部下2名。

「!!」

 とりあえず、部下を瞬殺し、スクッと立ち上がる。

「メルトダウン!!」

 その後が続かない。自分が情けなくなったのだろう。涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら、必死になってしゃぐりあげる。

「ナニがメルトダウンよ! アンタなんかナルトグワンで 十分よぉぉっ!」

 ようやっと言い切ると、そのまま脱兎のごとく、夕陽に向かって逃げ出した。

「お星さまのバカーッ!!」

 負けるな篁綾! とりあえず、プロファイルが手抜きされずに更新されるその日まで。



おしまい